飯田史彦(いいだふみひこ)さん、
という人がいる。😽
「生きがいの創造」
というベストセラー本をかいている。😻
1990年代だったので、
大学の先生がスピリチュアル本なんて、
とかなり話題になった。
この他にもたくさんの本をかき、
ある本の中で飯田さんが
亡くなったが天国へ行けない人たちを、
せっせとボランティアとして
上にあげている活動を紹介していた。😳
当時、
本をよんだときは、
すごいなぁ、
との感想をもっただけだった。😅
しかしそれから、
たくさんの水が橋の下をながれ、
なんやらわたしも
その活動の一環に
足をふみいれるようになっていた。😆
コロナ禍まえまで、
3月はいつも上海に出張していた。
華東交易会 (かとうこうえきかい)
という展覧会があったからだ。
そのとき、
南京東路という銀座通りぞいの
ホテルによくとまっていた。
あるとき古いホテルにとまった。
歴史はあるが格式はない古いホテルだ。😅
ホテルの部屋でねていたら、
部屋に誰かいる気配で目がさめた。😳
いつもは幽霊とかオバケとかは見ない。
見えない存在というのは、
すべてに固有のチャンネルをもっている。
たとえ話でいうと、
チャンネル1から100だ。
幽霊とかオバケが
チャンネル10以下だとすると、
そのチャンネルに合わせなければ
わたしのTVには映らない。
なので、
いつもは70以上のチャンネルばかり、
観ているわたしには映らなかった。
しかし
この夜はなぜか、
部屋にいた。😳
農作業をするとき着るみたいな、
白っぽいシャツを着た、
40代くらいの男性が、
ボーっとして前をむいていた。
話しかけたが、
ボーっとして前をむいてるだけだった。
仕方ないので、
ガイドにたのんで、
わたしとわたしのガイドたちで囲み、
わたしが彼の両手をガシッともち、
天国へつれていった。😌
騒ぐでもなく、
慌てるでもなく、
彼はおとなしく連れていかれた。
あとは、そのまま寝た。😌
夏にまた上海にいった。
みんなで南京東路をあるいているとき、
ふとそのホテルが目にはいった。
見上げると、
ホテルの窓のまえに巨大なオーブがみえた。
オーブとはぼんやりした光の球です。😆
そしてオーブから、
謝謝 (ありがとう)
との感情がつたわってきた。
キチンと上にあがれてよかったね、😘
とおもっていたら、
ガイドが、
"縁ある人だったんだよ"
と耳元でささやいた。😝
やるほどね、
縁ってやはり強いんだ、
ということがわかった夜でした。😌